室長日和/奏玲通信

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室長日和

室長はバレエダンサー???

以前このコーナーで

「鍼を介して天地の気を体内に取り込み、病気の原因となる邪気を体外に放出する。これにより全身すみずみまで生気がめぐり、天地と同じパワーが引き出されて病はいえてゆく。それが鍼灸医学の究極目標です。」

と書きましたが、患者さんの気を感じて調整する過程では、私自身が患者さんと天地の間のバイパスでなければならないので、スムーズに気の行き来ができるためには姿勢はとても重要です。

床に対してまっすぐと、力を抜いて素直に立ちます。

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室長が履いているのは実は『バレエシューズ』なんです。

これまでスリッパに始まり、いろいろな室内履きを試したのですが、足の裏全体で地面を感じられるし、やわらかいし、布製なので蒸れないし、音もしない…で、採用されました。もちろんC社製のダンサー仕様。28センチのバレエシューズはなかなかないのです。

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室長の足元にも注目eye (あ、先生バレエは踊りませんのでcoldsweats01

(レノの足は意外とちっちゃいんですよdog

鍼で治せるものと治せないもの ~ 前世からの課題

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 鍼を介して天地の気を体内に取り込み、病気の原因となる邪気を体外に放出する。これにより全身すみずみまで生気がめぐり、天地と同じパワーが引き出されて病はいえてゆく。それが鍼灸医学の究極目標です。そうだとすると鍼灸治療はオールマイティー、どんな病気でも治せるという理屈も成り立ちます。鍼灸治療で多種多様な病気が治るのは事実です。でも、どうしても治らない病気があることも事実です。  

 私は網膜色素変性症という病気で30歳代で失明しました。20歳代までは見えていましたが、年齢を重ねるごとに網膜の細胞が変性してゆき、徐々に視野がせまくなり、目がかすんでゆき、やがて見えなくなってゆきました。この病気は現代医学でも治療法がなく、国により指定難病に定められています。  

 現代医学で治らなくても、鍼灸治療により天地の気を取り込み、全身すみずみまで気をめぐらせて、自然治癒力を高めれば自分の目もよくなるのではないか。そう信じて、自分で自分に鍼をしたり、他の治療家からも鍼をしてもらいました。でも、目は一向によくなりませんでした。指定難病の種類は300以上ありますが、そのすべてが鍼灸治療の効果がないわけではなくて、鍼灸治療で効果が期待できる難病もあります。でも私の場合は現代医学でも東洋医学でも効果はありませんでした。  20歳代の後半から三十歳代の前半にかけて徐々に見えなくなってきたとき、まだ見えていたいという見ることへのこだわりを捨てることができませんでした。いよいよ見えなくなったときに、見えないことを自分の人生として受け入れたわけですが、受け入れたということは、見ることへのこだわりを捨ててあきらめたということでもあります。

 「この目と人生をともにする以外に方法はないんだなあ。」とあきらめてしまうと、この目の難病は自分をさらに高い境地へと導いてくれる前世からの宿題のようなものではないかと思えてきました。前世で成し遂げられなかった課題は、宿題として現世に引き継がれます。その課題を解決するために、人生にはいろいろなしかけが仕組まれています。人によって課題はそれぞれ異なります。だからそれを解決するためのしかけもそれぞれ異なります。

 難病というのは前世の悪業が現世において身にはね返ってきた業病だと言う人がいますが、私の目もそれに近いものかもしれません。けれども悪い行いをしたからばちが当たったということではなくて、前世からの課題を解決するために仕組まれたしかけのようなものなのではないかと思っています。前世から現世へ、現世から来世へと引き継がれた課題を解決しながら、人はより高い境地へとステップアップしてゆきます。  目の難病というしかけがあったからこそ、私はこのような人生を歩み、今ここにいるわけです。ここで鍼灸師の仕事をしていること、妻と出逢い家族というきずなを授かったこと、レオやレノという親愛なる相棒を得たこと等々、偶然をよそおいながらも、難病というしかけは常に人生の課題を提示し続けているのです。

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 もしも私の目が治療可能な病気で、今の私が目が見えていたとしたら、鍼灸師の仕事はしていなかったし、妻とも出逢っていなかったし、子供達やレオやレノとも出逢っていなかったし、そうなると現世で解決すべき課題はまったく異なってくるし、そうなるとそれは私の人生ではなくて誰か別人の人生ということになります。だから私と目の病気とは二つで一つのセットメニューのようなもので、それを切り離したら今ここにこうしている私という存在はあり得ないわけです。 大きな病気とか試練というのは、この世に生を受ける前に自分で仕組んだしかけなのです。それが高すぎて乗り越えられないと感じるときもあるかも知れないけれど、それは人生の課題を解決するためには必要な高さなのです。困難であればあるほど、大きな挑戦であればあるほど、その向こうにはより崇高な山の頂が待っています。それぞれの人にそれぞれの課題が有り、それぞれのしかけがあります。人は誰でも、そういうものを持って生まれてくるのです。

 「障害者は不幸を作り出すことしかできない。」と言って、相模原事件の容疑者は人をあやめました。被害に遭った人たちというのは、それぞれの障害があるからこその味わいある人生において、時には苦しみながら、時には悲しみながら、時にはよろこびながら、家族や友人や施設職員とともに困難を乗り越えて、前世からの課題を解決しつつ、さらに崇高な頂へと歩んでゆく途中だったはずです。そういう十人十色の人生をひとくくりにしてあやめるなんて、容疑者はなんと不幸な人なのでしょうか。

 鍼灸治療においては、消し去ることができる病苦と消し去ることができない病苦があります。人生の課題を解決するために仕組まれたしかけは、鍼灸治療では消し去ることはできません。でも課題解決のためのお手伝いはできます。天地人の気の合一、それが東洋医学の根底に流れている理念です。大宇宙(天地)は気によって動いています。小宇宙(人)も大宇宙と同じ気が流れています。鍼の先には気が集まります。大宇宙の気と同じ気を全身すみずみまでめぐらせれば、人の体も大宇宙と同じ力がわき上がり、崇高な頂への道のりも軽やかになります。

   (2枚めの写真は8月19日雷から避難中のレノです。怖くて怖くていつも大騒ぎthundercrying

寝る子は育つ。だから未来の子供も寝心地のよさを求めています。

 

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何年たっても子供が授からないという方の治療をしていて、「妊娠しました」という報告をいただくのはとてもうれしいことです。逆子の妊婦さんに治療をしていて、「逆子が直りました」というよろこびの声を聞くのもうれしいものです。そのようなときに「鍼の力はすごい。」とか「先生のハンドパワーはすばらしい。」などと言われることがあります。でも本当は鍼の力や治療者のハンドパワーで胎児が回転するわけではないし、妊娠のための特別なツボに鍼を刺せば子供ができるというわけでもないのです。鍼灸治療の根本は、気の流れを整えて自己治癒力をひき出すことにあります。様々な問題をかかえているということは自己治癒力がうまく働いていないということなのだから、そのような状況を解決するために治療者が必要になってきます。  子供ができない場合に、病院で人工的な妊娠を試みることも一つの手段です。でもその前に、赤ちゃんが安心して眠ることができて順調に成長できるお母さんとしての体作りが必要ではないでしょうか。もちろん不妊の原因は、男性の方にも何らかの問題が隠されていることもあります。私が診察した不妊の夫婦に共通して言えることは、お腹や足が冷えていて、腰や骨盤の筋肉がこっていて、頭がのぼせやすくて、眠りが浅いというような、いわゆる「冷えのぼせ」の体質の人が多いということです。

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子供というのは作るものではなくて授かるものだと思います。赤ちゃんの国では「このお母さんの子供になりたいなあ。」と思っている未来の子供が必ずいるはずです。でも「あのお腹は寒そうだなあ。ちょっと窮屈かも…。」と、お母さんのところに降りてくるのを躊躇している子もいるかも知れません。お父さんとお母さんの体質を鍼灸治療で改善すれば、未来の子供は安心してお腹の中に入ることができます。  

逆子ちゃんについても同じようなことが言えます。お腹の中の赤ちゃんは寝ぞうがわるくて、あちこち動き回って居心地のよいところを探して寝ています。逆子ちゃんのお母さんも、やはり足やお腹が冷えていたり、頭がのぼせていたり、骨盤周辺がこっていたりなど、いろいろな症状をお持ちの方が多いものです。そのような場合、お腹の中にいる赤ちゃんにとっては、頭を上にすることが一番寝心地がいい姿勢らしいのです。鍼灸の治療でお母さんの種々の症状を改善してあげれば、赤ちゃんは自分から頭を下に向けて安心して寝るようになります。  ~~ 心も体も軽やかになりました。ポカポカしてきました。気持ちがゆったりしました。 ~~  治療の後、不足している部分に気が通い始め、滞っている部分の気が流れ始め、全身のすみずみまで気が通うようになると、そのように感じることができます。お母さんがそのように感じているならば、お腹の赤ちゃんも同じように感じているはずです。順調だけれど安産のためにということで、定期的に私の治療室に来られている方もいらっしゃいます。そのような場合も、お母さんとお腹の赤ちゃんともに気の流れを調えるようにしてあげると、「スルリ・オギャー」という感じで光り輝く命と出会うことができます。

 天から人へ、人から人へと気は伝わります

 天(宇宙)をめぐる陰陽の気が交わることにより命が誕生し、気が散ずることにより命を終えて天地へと帰ります。死とは消滅して無と化すことではなく、より広大なものへと溶け込んでゆくことなのです。その広大なものを老子は原気(げんき)と名づけました。広大なものの中に溶け込んで形は見えなくなっても、気は次の命の準備をしています。いつの日か何かのご縁によって陰の気と陽の気が交わって、再び光り輝く生命体としてこの世に現れてきます。銀河も草木も猫も犬も人も、命あるものは天と同じ気が流れていて、美しい光を放ちます。その光は電灯やろうそくの光のような視覚的なものではなく、気の集まりである生命体と生命体との間だけで感受できる光なのです。これを後光とかオーラと呼ぶこともあり、浄土真宗を開いた親鸞は「仏とは不思議な光」と説き、また西洋の天使の頭には光の輪が輝いています。

 鍼灸医学のバイブルとも言われる『黄帝内経』(こうていないけい)という医学書は二千年以上前の中国で編纂され、その内容は老子や荘子の影響を強く受けています。『黄帝内経』には、天地人の気に関する次のような記述があります。    

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 ~~~~  天(宇宙)の道理を感得する人は、生命の根源は天をめぐる陰陽の気であることを知っている。地上の山川草木も、人の眼・耳・鼻・口・尿道口・肛門の九つの穴(九竅)も、内臓も、すべて天の気と通じ合っている。天の気は木火土金水の五行を生じ、天の気は人体では陰の経絡と陽の経絡をめぐっている。もし天人合一の道理に反することばかりしていると、邪気が人体を傷害することになるであろう。この道理は長寿の根本である。  (黄帝内経・生気通天論篇からの意訳) ~~~~  

 人体には経絡という気が流れるすじみちが12本あり、手足・頭・内臓など全身のすみずみに気をめぐらせています。経絡に沿って経穴(いわゆるツボ)が点在していて、そこから必要な気が天から流れ込んだり、不必要な気が天へ放散したりしています。  足をめぐる経絡に気が不足すると足の冷えやしびれが現れたり、頭を主にめぐる経絡に気が滞るとめまいや頭痛が現れたり、下腹部を主にめぐる経絡の気の不足や滞りで生理痛や生理不順を引き起こすなど、どこの部分の経絡に気の不調和が生じるかによって、それぞれ特徴的な症状が現れます。どこの経絡の気が不足していて、どこの経絡の気が滞っているのかを問診・脈診・腹診などで診断して、その診断結果に応じて、それぞれの経絡に点在する経穴(いわゆるツボ)に鍼を施します。  でも、治療者が病気を治しているわけではないのです。治療者は、天の気が通過する光ファイバーのような役目を担っているだけです。気の集まりである人体は、天の気を引き寄せる性質があります。背すじを伸ばし、呼吸を整え、全身の力を抜いていると、天の気が経穴を通じて治療者の体に流れ込み、経絡を通じて全身をめぐります。その状態で鍼を持つと、全身をめぐっていた天の気が鍼に集まってきます。その鍼を患者の経穴にそっと当てると、鍼に集まっていた気が患者さんの体に流れ込みます。 放射状に発散する光の線・雪が舞うような光の粒・シャボン玉のように浮遊する光・雲のように淡く輝く光など、天の気は光を放散しながら全身をめぐり、やがて患者さんの体が美しい光で包まれます。全身が気に満ちあふれると、体の奥底から温まってきて、緊張がほぐれて、気持ちが和み、生きる力が高まり、そして患者さん自らの力により病が治ってゆきます。  

 天の気を体内に取り込むということは、天地人が合一するということです。天地人の合一によって、宇宙と同じパワーを引き出して、自ら治る力(自然治癒力)を高めます。それが老子や荘子と同じ時代に誕生した鍼灸医学の究極目標なのです。

(玄関の植木鉢も初夏の雰囲気に)

気のルーツをたどる

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 「気」を科学で解明しようという研究が多くの科学者によって行われてきましたが、気の実体の解明には至っていません。気とは血液やリンパ液のことであるとか、自律神経を意味しているとか、感覚・意識・運動・自律機能に関わる脳内の視床や視床下部の働きを気と呼んでいるだとか、気を現代医学的に解釈しようという取り組みがなされてきましたが、いずれにしても明確な答は得られていません。  やはり気については、古来からの解釈を率直に受け容れた方が、鍼灸治療において役立つし、より輝きを増すように私は思います。

 宇宙を動かしている原動力とか、生き物に宿る命の根源という意味で気という概念が用いられるようになったのは、二千数百年前の中国においてのことです。  その時代における特筆すべき思想家として、老子と荘子があげられます。老子は生没年不明で、その実在も疑わしいとされていますが、その人物像を初めて記したのは漢の時代の司馬遷の『史記』でした。『史記』によれば老子は、姓は季、名は耳で、これは耳が長いという意味があって、耳の長く大きいのは仙人の相だとのことです。二百歳まで生きたとも言われていて、養生法を行い、道をきわめたので長生きしたのだろうとされています。老子が説くところの「道」とは、宇宙の根源とか道理というような意味があります。   

  ~~~~  天地ができあがる以前は、形もなく分別がつかずにモヤモヤとしていた。そのモヤモヤしたものは、ただ静かに宇宙のすみずみまで及んでいる。これを人は万物の母と言うが、私(老子)は「道」と仮に名づけることにする。       (『老子』・第二十五章からの意訳)

  そして老子は、生命の誕生と死について次のように説いています。     

 ~~~~  万物の母である道は原気を生じる。  原気とは、すべての気が混在している状態を言い、命の根源である。  原気から、陰の気と陽の気の二つの気が生じる。  陰陽の二つの気が交わって、陰気でも陽気でもなく、陽気でも陰気でもある、第三の気である和気が生じる。  その和気から万物が生じてくる。       (『老子』・第四十二章からの意訳)     ~~~~

 老子とならぶ思想家の荘子(荘周)の考え方は、(万物斉同)という言葉で表現できます。その意味は、目先の事物にとらわれることなく、超越した視点に立って万物はすべて差別がないということを悟らねばならないということです。そして、道には天道と人道とがあり、無為自然に生きるのが天道で、わずらわしいことばかりをしながら生きるのが人道であるから、わずらわしさは捨てて、自然のありのままの姿に帰れと説くのです。  荘子は、生命の誕生と死について次のように説いています。    

 ~~~~  生命は気が集まってできたものである。  気が集まれば生となり、気が散ずれば死となる。  人は天地の間にいて、しばらくの間だけ生を営み、やがて人は天に帰る。  死は変化して生となり、生は変化して死となる。  天地人は、それをくり返しているのだ。  そのように生と死は一体であることを知れば、生と死について心を悩ます事はない。  万物は一体であって、元々は差別はないことを知らねばならない。       (『荘子』外篇、知北遊からの意訳)     ~~~~  

 道を宇宙の本体とし、道に則して作為なく自然のままに生きるようにと老子や荘子は説きました。老子や荘子が説くところの道とは、宇宙の気と同調して、天地と人が同化して、気のパワーを最大限に発揮できる道のことです。これが「道を究める」ということです。道を極める理由は、不老長生です。不老長生を達成するために、気を感じ悟り、宇宙の気と同調して、道をより深く極めてゆきます。  小宇宙である人体は大宇宙と同じ気が流れているのだから、人は無限大のパワーを秘めているわけです。気のパワーを発露させることができるならば、仕事の失敗だとか人間関係のもめ事だとか心身の不調なんかは一吹きです。そういうパワーを内に秘めているのに、人はその出し方や使い方を知りません。  老子や荘子を始祖とする道教では、気のパワーを発露させる方法として、導引(運動法や呼吸法で気を導き入れる)・按摩(もんだり押したりさすったりして気の流れをよくする)・食事療法や薬物療法・養生法(自然に則した生活習慣)などを行いますが、当然ながら鍼灸治療もそこに含まれます。

 今月の室長の健康アドバイスも合わせて読んでいただけるとより理解が深まるかとhappy01

 室長の健康アドバイス「原気(げんき)を元気にしましょう」はこちら

☆☆☆動物たちと暮らしていると彼らこそ「天道」に生きているように思え、私たちの器の小ささを感じずにはいられません☆☆☆

写真は4月30日(日) 近所の桜台公園にて。 

 

今日はプチ研修会でした

 

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 今日は4名の鍼灸師が集まって、私の治療室で研修会が開かれました。テーマは「 鍼の刺激でコリを取るのではなくて、鍼で気の流れを整えることにより、患者さんの自己治癒力を高めて、自然にコリがほぐれてゆくというような治療はどうすれば可能か」 そういう技術研修をしました。

 一人の方に患者さん役になってもらい、脈の変化やお腹の様子などお互いに感じながら進めていきます。

 同じ患者さんでも状態は常に変化しているので決まったやり方で対応というのはあり得ないのです。

 レノも先生方の足元で参加…というかcoldsweats01

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気の光

 

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 夜中にまぶしくて吉本ばななさんが目を覚ましたら、いっしょに寝ていた猫が光っていた。これは現実のこと?それとも夢の続き?そんな議論はどうでもいいことです。光る猫にいやされて気持ちがやすらぐ。そういう心の奥底からわいてくるものこそ大切にしたいものです。     

~~~~  そういうすごいことに比べたら、お金のことだとか人間関係の悩みに時間を割くことがもはや冒涜に思えてくるくらいだ。こんなふうな奇跡が毎日待ち構えているのに、見ようともせず耳をふさぎ、あえて苦しんでいるのが人間というもの。  夜中の猫 : 吉本ばなな著「イヤシノウタ」新潮社から引用  ~~~~

 健康とは、光り輝くことだと思います。レノが私に笑いかけたときにレノの頭や背中から無数の光の玉が飛び出したり、治療した後の患者さんの体が光に包まれたり、そんなふうに、命あるものは光を放ちます。でもその光は、網膜で感知できる可視光線とは異なるものです。  私は20年以上前に網膜の病気で失明して、今は光を感じることができません。部屋の電灯が着いているのか消えているのか、電灯に目を近づけて電源を入れたり切ったりしても全くわかりません。網膜が光を感知できないのだから視界は真っ暗闇だと思うかも知れませんが、意外にも私の視界は光に満ちあふれています。私が見ているその光というのは、外界の光とは無関係なもので、病気で変性した網膜が無秩序に発している活動電位によるものです。私の網膜から発する無秩序な活動電位が視神経を伝わってゆき、最終的に大脳皮質の視覚野に投射されて光が見えるような感覚が生じます。ですから私が感じる光は、外界からの光とは無関係な幻のようなものなのです。  このような光は、正常な目の人でも感じることができます。例えば、眼を閉じた状態で眼球を軽く圧迫して網膜を刺激すると、光が眼に差し込んでいないのに光の感覚が生じます。あるいは、暗室内で気持ちをゆったりさせていると、雲のような光・小さな星のような明滅・青や緑や黄色などの淡い色彩・格子状の光などが見えることがあります。このような感覚は「眼内閃光」とか「内部視覚」と呼ばれています。  私は失明した当初から光を感じていましたが、それは変性した網膜が発する無意味な幻だと思っていました。こんな光の幻に惑わされていたのでは正確な診断や治療はできないと考えて、治療中はその光を意識から遠ざけるようにしていました。しかし、哲学者の中沢新一氏の著書に出てくる「内部視覚:Entoptic」というものに出会ってから、光に対する私の考え方は変わってゆきました。     

~~~~  タスマニア先住民が描いた図形・旧石器時代の洞窟壁画・ケルト遺跡の文様など、世界中から発見される不思議な模様は、内部視覚から出現してくる光を幾何学的なパターンとして表現したものである。  このような光の模様は、現在ではアマゾン川の奥地の先住民の間に残されていて、彼らは幻覚性植物が誘引する内部視覚において光現象を体験している。  20世紀になると化学的研究が行われるようになり、電気的刺激によって出現する内部視覚の光の模様は、アマゾン川先住民が見る光の模様とよく似ていることがわかった。  アマゾンの先住民や光の模様を洞窟に描いた旧石器時代の人々は、内部視覚の光をスピリット(精霊)とのコンタクトの兆しと解釈し、現代の生理学者たちは視神経を伝わる活動電位だと解釈したのだが、どちらも内部視覚が心の活動の底に触れているという点では一致している。  心の活動の底の部分がスピリットとの接触場所であり、スピリットの力の源泉である銀河の空間だと古くから考えられていた。  (以上、中沢新一著「神の発明」講談社から抜粋して要約)     ~~~~  

 銀河の空間がスピリットの力の源泉であるとするならば、内部視覚による光は生物のエネルギー源である「気」の輝きだとも解釈できるのではないでしょうか。目の内側で発する光を無意味な幻視だとして捨て去るのか、意味あるものだと解釈して現実の生活に取り入れていくのか、解釈次第で光の価値は異なってきます。私の網膜は外側からの光を感知することができないのだから、目の内側から発するこの光は意味のない光の洪水のようなものです。でもその無意味な光をより分けていくと、川底の砂の中から砂金が見つかるように、意味ある光を見出すことができると私は思っています。  その光はいつも治療中に現れてきて、鍼を持つ私の手元に集まり、さらに患者さんの体表を流れてゆき、患部を包み込んで輝きを増します。それを何千回も経験するうちに、幻視や錯覚だとして無視することができなくなってしまいました。アマゾンの先住民や旧石器時代の人々が精霊との交流や銀河宇宙との同化の印だと解釈したように、治療中に見える光は生命の源である気が輝いているのではないかと私は考えるようになりました。  現代社会には、緊張・痛み・苦しみ・憂うつ・無気力が蔓延しています。鍼灸治療により、体を流れる気がより美しく輝くようになれば、リラックス・安らぎ・よろこび・活力がよみがえるものと私は確信しています。

健康とは光り輝くこと

 私は患者さんの手首の脈(橈骨動脈とうこつどうみゃく)に触れて脈診をします。まず治療前に脈診をして、どこのツボにどのような方法で鍼をすべきかを導き出します。治療中も鍼をするごとに脈診をして、その鍼が患者さんの体にどのような影響を及ぼしたかを脈の変化で感じ取ります。そしてすべての治療が終わったら、また脈診をして、心身が治癒の方向へ歩み始めたことを確認します。  

 鍼灸治療の目的は全身の気の流れを整えることにありますが、脈診とは全身の気の流れの状態を診察するために行うものです。病院でも一分間にいくつ拍動するかをチェックしますが、東洋医学的な脈診法では速い遅いだけではなくて、脈が浮いているか沈んでいるか、硬いか軟らかいか、たるんでいるか引きしまっているか、太いか細いか等々、いろいろな観点から脈の状態を観察します。体のどこかに痛みがある場合は堅くて張りつめた脈になり、気分が落ち込んでいたりどこかが冷えている場合は弱く沈んでいて遅い脈になり、カゼをひいて熱がある場合は脈が浮いて速い脈になります。治療を終えて、種々の症状が改善すると、硬かった脈は柔軟に、弱くて沈んでいた脈はしっかりと、浮いて速い脈は落ちついた脈へと変わり、拍動と同期して脈は光を放ち、そして患者さんの体は光につつまれます。私は目が見えないのだから光を感じるわけはないのだけれど、患者さんが健康な状態になると、全身をめぐる気が光り輝くように感じるのです。吉本ばなな著『イヤシノウタ』の「夜中の猫」というエッセイにshine光る猫shineが登場するのですが、それを読んだとき「患者さんの光に似ているなあ。」と感じました。そういうような不思議な光について書かれている本は意外に多いものです。

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我が家の「shine光るかもしれないshine猫」のふわふわちゃん、毎日お花見三昧cherryblossomcherryblossom

2017・4・5 桜の記念撮影

4月5日に毎年恒例の桜と記念撮影。レオ兄ちゃんが応援してくれていたんでしょうか?レノ、いいお顔で撮れました。

お菓子cakeで釣ったり、おもちゃで釣ったりcarouselponyそりゃもう、大騒ぎ…でしたcoldsweats01

盲導犬と共に歩くことと、患者さんを治療することとの共通点

 

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 私はレノを頼って、レノに導かれて歩いているわけではありません。だからと言ってレノがいなくては目が見えない私は障害物をよけつつ真っ直ぐに歩くことはできません。相互に依存しつつ、相互にリードしつつ、協同作業によって歩行が可能になるわけです。

 私の本職である鍼灸治療も、同じような作業をしているんだと感じています。鍼灸治療の根本は、気の流れを整えて、患者さんの自己治癒力をひき出すことにあります。患者さんの自己治癒力によって治るものだったらば、本人にまかせておけばいいということになるかも知れないけれど、そんな簡単なことではないのが病というものなのです。そもそも患者さんが私の治療室に来るということは、自己治癒力がうまく機能していないわけなのだから、そのような状況にどのように対処すればいいのかが問題になってきます。これらの困難を解決するために、患者さんの自己治癒力に頼りつつ、治療者が必要になってきます。このような状況においては、治療者が患者さんに勝る立場に位置するのではなくて、自己治癒力を引き出す過程において、患者さんとともに協同作業を行う立場にいなくてはなりません。治療とは、患者さんの気と治療者の気との相互作用によって行われるものであり、その関係のあり方は、「治療する人」と「治療される人」との関係とは異なるものなのです。そのことを端的に言うならば、命と命の気の交流ということになりますが、さらに言うならば天地人の気の交流ということになるのです。鍼灸治療の根本理念を説いた『黄帝内経』は、人は大宇宙の縮図であり、健康とは天地人の気が調和することだと説きます。天地人の気が調和すると、患者さんの体は銀河が輝くような美しい光を放ち始め、やがて自己治癒力を回復してゆきます。

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レノの缶バッチ作りましたhappy01 お出かけ帽子でさりげなく宣伝中flair

盲導犬という職業は存在する?(その5)~見えない私が判断をせまられるわけです~

 

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今回の写真の主役はピンクの「シグナルエイド」なんですが、レノが…入り込むんです。

東京都内では、signalerが青になるとピヨ・ピヨとかカッコー・カッコーと音で知らせてくれる音響式信号機が多く設置されています。普段は信号機から音は出ないのですが、歩道に設置されているボタンを押すか、私が携帯しているシグナルエイドという発信器のボタンを押すと音響式に変わります。シグナルエイドとは、手の中におさまる大きさで、信号機の近くでシグナルエイドのボタンを押すと、「ピーンポーンnote」と信号機から音が出て信号機の位置を知らせてくれると同時に音響式に切りかわり、signalerが青になるとピヨピヨchickと信号機から音が出るようになります。東京都内ではこの形式の信号機が多く設置されているのですが、残念ながら私が住んでいる横浜市ではほとんど設置されていません。自宅から駅まで三つの信号機を渡らなくてはなりませんが、いずれも音響式ではありません。ですからレノが歩道と車道の段差のところで止まったら、渡っていいのかどうかを私が周辺の音を聞いて判断します。私の前を車が横切れば赤、私と平行して車が通過すれば青だという判断です。人の足音も少しは判断材料になりますが、信号無視して渡る人もいるのでrunng、あまりあてにはなりません。私の前を横切っていた車が止まり、私と平行する車が発進したら、レノに「ゴー」と声かけをします。この方法でこれまで数限りないほど信号を渡っていますが、いまだに慣れるということはなくて、いつも決死の覚悟sweat01という気分です。ましてや私より一歩前を進むレノにしてみれば、もし私がまちがってゴーの声かけをしてしまったら、命を奪われる危険性は私よりもずっと高いわけです。レノは安全に歩く手助けをしてくれているんだから、私もレノを危険な目に遭わせないようにしなくてはと思いながらいつも歩いています。信号機のところで耳をそばだてていると、「青になりましたよ。」「赤ですよ。」と声をかけてくれる人がいます。この声かけはとても助かりますし、とてもうれしく感じます。外出で全神経を集中させなければならないところは、道を渡るときと駅のホームを歩くときなので、そこで声をかけてもらえるとshine地獄に仏lovelyという気分です。

盲導犬という職業は存在する?(その4)導いてもらうのではなくて、歩行は共同作業なんです(≧∇≦)b

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盲導犬を文字通りに解釈するならば、盲人を導く犬ということですね。

 例えば自宅から駅まで行くときに、レノにハーネスを着けて、ハーネスのハンドルを右手で握って、「それじゃあ駅までゴー。」と私がレノに伝えると、「OK」とばかりに、レノは駅までスタスタと歩き始めて、私はそれに導かれて駅まで到着…、なんてことができればラクチンですけど、そうは問屋が卸さないわけでcoldsweats01

私が目的地までの道順を頭に思い描いて、「ストレート・ゴー」とか「ライト・ゴー」とか、レノに指示しなければ目的地にはたどり着けないんです。家を出て、私が何も声かけをしなければ、とりあえずレノはルンルン気分で歩き始めるけどnotes、糸が切れたタコのようなもので、どこへ行くやら、おてんとう様に聞いてちょうだいdog。  

自宅から駅まで行く場合は、玄関を出て外階段を降りたら、駅は左に行くので「レフト・ゴー」と声をかけて左方向へ歩き始めます。盲導犬は道の左側に沿って歩くように習慣づけられているので、私は左手でハーネスのグリップを持ってレノの右側を歩きます。左側にある電柱とか、止まっているバイクとかをレノはよけながら進みます。しばらく歩くと大きな交差点なので、私は車の走行音などの周囲の音を注意深く聞いて、交差点に近づいていることを察知したら、「コーナー」とレノに声かけをします。コーナーとは道の角を意味する指示語で、レノは交差点の角に来ると、左に少し入り込んで止まります。これで交差点の曲がり角に到着したことを私は察知します。その交差点を左に行くと駅なので、「レフト・ゴー」とレノに声かけをして歩き始めます。歩道の左端に沿ってさらに進むと、信号機のある交差点があります。周囲の音や靴底の感覚から交差点に近づいたことを察知したら、「カーブ」とレノに声かけをします。カーブとは段差を意味する指示語で、歩道と車道の縁石・階段の登り口・降り口など、段差になっているところはすべてカーブと言います。レノは、交差点の歩道と車道の境の段差の手前で止まります。こちら側の信号が赤であっても青であっても、いずれにしても止まります。犬は色盲だから信号の赤と青の区別がわからないんだと言う人がいますが、それ以前の問題で、犬に信号機が見えていたとしても、信号機は何をするためのものなのか、信号機の存在理由を認識できないんです。いくら訓練を積みかさねても、赤で止まって、青で歩き始めることを盲導犬がやるのは不可能なんです。だから信号が赤でも青でも、交差点に信号機があってもなくても、いずれにしても歩道と車道の段差のところで止まるか、段差がない場合は角に入り込んで止まるという習慣を訓練で身につけるわけです。  レノも信号がわからないし、私も信号が見えないし、そうなると、赤なのか青なのか、渡っていいのかいけないのか…、これでは駅までたどり着けないから色なんて無視して強行突破?punch そんな無謀なことはできないしね。2017・3・20パンジーとレノ(縮小).jpg

先日の月曜日はお天気よくてお母さんとお散歩。レオ兄ちゃんとよく行った「たちばな台公園」です。いつもお花がきれいtulip

盲導犬という職業は存在する?(その3)イヤなことはやりませんU^ェ^U

2017・3・8駅のホームでおすまし.jpg

 みなさんのおうちのワンちゃんは、イヤなことや怖いと感じることはしないですよね。それは盲導犬も同じです。歩くことが大好きで、人と一緒にいることが大好きで、おだやかでやさしい性格の犬たちが盲導犬の候補生として選ばれて、その特性を伸ばすために、うまくできたらたくさんほめてあげて、楽しく訓練が進められてゆきます。障害物をよけながら道の左側に沿って歩いたり、私が電車の椅子に腰かけるとスルスルッと足と椅子の間にもぐり込んだり、段差の前で一時停止したり等々は、一般の人にはご主人様のためにけなげに仕事をしているように見えるのでしょうね。けれども、これは訓練で何回も何回も練習して、そうする習慣になっているから自然にそうしているだけなんです。  レノは盲導犬になって4年が過ぎましたけど、今でも練習は怠りません。「シット・ウエイト・カム・ダウン・ゴー・ストップ・」等々、私が声を掛けて、盲導犬として必要な動作の練習を毎日しています。盲導犬たちは職業意識を持って歩いているわけではなくて、人と一緒に歩くのが楽しいから歩いているだけなので、練習を怠って習慣がくずれていけば、普通のワンちゃんとおなじような行動パターンになってゆくはずです。レノが電車内で足と椅子の間で伏せていたり、レストランのテーブルの下でおとなしくしていると、「あんな狭いところに押し込められてかわいそう。」なんて言われることがあります。でも、みなさんのおうちのワンちゃんやネコちゃんも、ソファーの下とか、部屋の片隅とか、周りを囲まれた狭いところがお気に入りスポットになっていませんか。レノも、ちょっと狭いところで私とくっついていられるところがお気に入りスポットなんです。

写真は ribbonお出かけおすましレノ  と sleepyソファーにはまるレノcoldsweats01

2017・1・30ソファーにはまるレノ.jpg

盲導犬という職業は存在する?(その2)

2017・3・5今日は本部会.jpg3月5日(日) 今日は神保町の教育会館で東洋はり医学会の本部会です。7時半に先生とレノは元気に出発しました。

   「盲導犬は長生きできない」なんていう流言飛語を否定するだけの根拠はないものかとネットで検索してみたら、日本獣医生命科学大学獣医学部の先生が中心となって調査した「盲導犬の平均死亡年齢について」という論文がヒットしました。これは盲導犬として実働していた447頭の死亡年齢を調査したもので、それによると平均寿命は12歳11カ月で、死亡年齢が15歳を超える割合は28%で、家庭犬の平均寿命の調査に比較して高いという結果が出ています。

 盲導犬は定期検診をしっかり受けているし、健康的な食生活だし、たくさん歩くし…。でも、それよりなりより長生きの秘訣は、ストレスが少なくて無理のない人生(犬生?)を送っているからだと思うんです。  もちろん長生きすればそれでいいというわけではなくて、若くして亡くなっても幸せな一生を送った盲導犬だってたくさんいるのだから、どれくらい生きたかではなくて、どのように生きたかということが大切なんですけどね。

 

※盲導犬の平均死亡年齢について 水越美奈,下重貞一 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssdr/1/1/1_1_60/_article/-char/ja/

2017・2レノ&ふわ寝落ち.jpg

「レノとふわちゃんいつの間にか寝落ちの夜。」レノはどうしてもヘソ天がいいらしいです。

レオ兄ちゃん笑ってるよcoldsweats01

盲導犬という「職業」は存在する?(その1)

 

さあ!おさんぽいくよ!!(首輪を見てルンルンのレノ)

いつぞやのことですが、レノと一緒に電車subwayに乗っていたら、ちょっと気になる話しが聞こえてきました。 『~~否応なしに仕事させられて、かわいそうにねえ。盲導犬はストレスが多いから、長生きできないんだってさ~~ 』 それを聞いていた私は、「否応なしに仕事をしてるだって?盲導犬がストレスを感じてるだって?あんたね、何を根拠にそんなこと言うんだよangry」って言いたかったけど、気が弱いsad私はそのとき何も言えなかったんです。  「過労死」・「パワハラ」・「仕事のストレス」とかいう言葉を人間界ではよく聞くけれど、盲導犬の世界ではそんな言葉は存在しないはずです。私と一緒に歩いたり電車に乗ったりすることが仕事だなんて、レノがそんなふうに思っているはずありません。レノと歩いていると、「盲導犬だ。お仕事をする賢いワンちゃんだね。」なんて言われることがあるし、レノにさわろうとする人に対して、「今は仕事中だから、さわらないでね。」なんて私も言うことがあるけれど、レノにしてみれば「盲導犬って何?お仕事って何?」ってなものですよ。  私が外出の支度をし始めると、レノは「ワーイheart04、お出かけだ!早く行こうよ!!」と言って、尻尾フリフリですり寄ってくるけれど、盲導犬はみんな似たようなことをするはずです。  「~~お父さんと一緒に街を歩いたり、電車に乗ったりするのは楽しいよ。ぼくはいつもお父さんと一緒。楽しいに決まってるじゃないか~~ 」 レノはそう言っていますよ。  盲導犬と家庭犬、どっちが長生き?

次回へ…

 

ACジャパンのコマーシャルが好評のようです。いろんなところで取り上げていただいています。「盲導犬はかわいそうな犬じゃない」という記事も是非読んで下さい。

P_20170115_050101.jpg

冷えは万病の元、そして花粉症の元

 

2017・2・14ミモザ.JPG

いよいよ花粉症の季節が到来して、「くしゃみ・鼻水・鼻づまり・目のかゆみ」の症状を訴える患者さんが増えてきました。花粉症の患者さんの体で共通することは、足・腰・お腹が冷えていて、逆に首・顔・頭は熱くなっているということです。いわゆる「冷えのぼせ」という状態になっているわけですが、不眠・目まい・偏頭痛・耳鳴りなどの患者さんも同じ状態になっていることが多いものです。冷えのぼせの体質から頭寒足熱の体質に改善してゆけば、花粉症の症状はかなり軽減します。頭寒足熱を実現するには、やっぱり鍼灸治療がいいんですよね。

              ※※※※※★★★※※※※※

今週のお花はミモザです。

花粉症の方には黄色いしくしゃみが出そう…と思われる方も(笑) 秋に咲く「セイタカアワダチソウ」のことですね。みなさん誤解していますが、セイタカアワダチソウは花粉を飛ばして受粉する植物ではないので花粉症の原因ではないのですよ。混同されることが多いのですが、秋のアレルギーのもとは「ブタクサ」です。詳しくはこちらのブログに詳しく書いてくださっていました。

 

 

 

先生、今日は研究会で三田に。忙しい春です。

2016・4・2.JPG 今日もレノはお父さんとお出かけなんですよsprinkle雨なのに……

2016・4・3はりの会.JPG

ここのところ、日曜日に研究会が立て込んでいて先生&レノは大忙しです。

今日も朝からお弁当持ちでお出かけです。

レノは一日2食なので夕ごはんのフードも持って行きます。

先生はいつもお弁当を会場で注文するのですが、今日は会場が異なるので先生もお弁当持参。

2016・4・3のお弁当.JPG たこ飯・ポテサラ・鳥唐酢豚風。

2016・4・3雨のはりの会-1.JPG 2016・4・3雨のはりの会-2.JPG 

ただ今治療室前は桜満開cherryblossomcherryblossom 雨なのがざんねんですが。

2016・4・2お花見.JPG ちなみにふわちゃんはお家で寝ながらお花見できるんです。  

 

 

 

アダムさん ジェーンさん 来室。

2016・4・1.JPG 今日は満開cherryblossomジャストタイミング!ちょっとcloudが残念。(先生治療中)

3月27日~31日まで、所属する東洋はり医学会の「海外支部講習会」が神保町で行われました。

室長も27日に講師として参加しましたが、同じ班だったジェーンさん(ニュージーランド)、アダムさん(オーストラリア)お二人が帰国前にはるばる治療を受けに来てくださいました。

「ふたりともほとんど日本語を話せず、初めての場所の朝一番の治療に都心から電車に乗って来れるのか??」と心配していましたcoldsweats02が、そんな心配は無用でしたgood

海外支部はヨーロッパ、オセアニア、アメリカなどに15あります。今回の講習会には100人ほどの先生方が海外から勉強にいらっしゃいました。

2016・4・1.JPG ホテルの紙ナプキンに書いた症状のメモ

実は当方も英会話はそんなに…sweat01 お一人は日本語のメモを用意してくださいましたThanksheart04

専門用語は慣れないと難しいです。でも、お互いなんとか意思疎通できた様子。

2016・4・1ジェーンさん.JPG2016・4・1アダムさん.JPG

アダムさんは今日帰国、ジェーンさんは明日帰国とのこと。

日本での疲れが少し取れたでしょうか。

ニュージーランドやオーストラリアは秋なのかなあmaple聞くんだった。

可愛いお土産も頂いちゃいました

2016・4・1お土産.JPG 

マウリ族の象徴的な植物なんだそうです

2016・4・1桜満開.JPG

とにかく只今桜満開cherryblossomcherryblossomcherryblossom お花見にいらしてください。

 

 

先生、ダンスパーティーに初挑戦!!かも(笑)。今日は「海外研修会」

いよいよ治療室前の桜並木も桜の花が咲き始めました。

そんな春の日曜日の朝ではありますが、今日は東洋はり医学会の「海外研修会」で丸一日神保町の教育会館に。

海外からの先生方と一緒に勉強会です。2016・3・27海外研修会-1.JPG レノ、ニッコリhappy01

今日は講師としての参加で、「ネクタイ」「白衣着用」のこと。

昨年夏の経絡大の時にはてっきり白衣と思っていたものが…(詳細はこちら) とんでもないことになったので、

昨日から荷物のチェックはしっかりと「中身」も確認してsweat02。 

2016・3・27海外研修-3.JPG 「白衣よーしっgood

海外からの先生方のご提案で、夜の懇親会でダンスパーティーをするとかsign02

まあ、それで春らしいスーツで出かけて行きました。レノ大興奮かも。

2016・3・27海外研修会-2.JPG 「ボクのお弁当も入っているんですよお」

気をつけていってらっしゃーいpaper

 

先生、多忙な3月

先月に引き続き、日曜日も多忙な先生。今月は4回の日曜日のうちの3回が研究会です。

ということは、レノも多忙な3月。

昨日(3月12日)も朝から神保町までレノと一緒に出発です。

2016・3・13お兄ちゃんはお留守番(鍼の会の日).JPG 「今日は寒いからここから行ってらっしゃい~」のレオ兄ちゃんと

2016・3・13ふわもお留守番(鍼の日).JPG 「どこ行くのかしら?」の半分寝ぼけたふわちゃんに見送られ、

2016・3・13鍼の研究会2.JPG 今日も行く行く、レノと先生。

このコンビは歩く速さがとても速くてカメラマンは小走りで追っかけます。で、ぶれてます。

一日頑張ったレノは帰ってくると

2016・3・6帰ってきましたあ.JPG 洗濯機のようにぐるぐる…

ひと暴れして気分爽快。甘えん坊に早変わり。

新しい週はチューリップで患者さんをお待ちしています。2種類のチューリップを別々に。春ですね。

2016・3・13今週のお花.JPG

 

今日は三田で研修会 

雪こそ降っていませんが寒い朝。今日は東洋はり医学会研修会の日。7時半ころレノと元気に出かけて行きました。

2016・1・31今日は三田.JPG 先生の大きなリュックには…

2016・1・31今日は三田の弁当.jpg 二人(?)分のお弁当が。今日は寒いので保温ジャーにおでんにしました。

2016・1・31寒いね.JPG レオ兄ちゃんも一緒にお散歩にでかけました。

「寒いね」。気温が上がる予報でしたが、朝は冷え冷え。ちょっとトボトボしちゃいました。

2016・1・31お父さん行ってらっしゃい.jpg 「お父さんイッテラッシャーイ」かな?忙しそうです。

今日は三田で研修会 

雪こそ降っていませんが寒い朝。今日は東洋はり医学会研修会の日。7時半ころレノと元気に出かけて行きました。

2016・1・31今日は三田.JPG 先生の大きなリュックには…

2016・1・31今日は三田の弁当.jpg 二人(?)分のお弁当が。今日は寒いので保温ジャーにおでんにしました。

2016・1・31寒いね.JPG レオ兄ちゃんも一緒にお散歩にでかけました。

「寒いね」。気温が上がる予報でしたが、朝は冷え冷え。ちょっとトボトボしちゃいました。

2016・1・31お父さん行ってらっしゃい.jpg 「お父さんイッテラッシャーイ」かな?忙しそうです。

「理療臨床公開講座」が始まりました。

10月29日(木)~12月10日(木)までの毎週木曜日に、神奈川区大口にある盲特別支援学校で行われる「理療臨床公開講座」に講師として行くことになっています。

29日(木)いよいよ初日。12年前までこの学校の理療科の教員(当時は盲学校という名称でした)でしたので、行き方は頭に入っていますが、レノは初めて。久しぶりで道筋に変化があるかもしれないので、初日の今日はスタッフが後ろから潜伏取材(笑)。

2015・10理療臨床講座へGO!銀杏.JPG 青葉台の銀杏並木も色づいてきました。

レノも張り切っています、しっぽがたか~く上がっています。

2015・10理療臨床講座・横浜線.JPG 長津田から横浜線に乗ります。

電車の乗換もスムーズでした。レノも落ち着いています。

盲特別支援学校のある大口は駅から学校までは点字ブロックが誘導してくれています。

2015・10理療臨床講座点字ブロック.JPG

無事到着!一安心です。

2015・10理療臨床講座・到着.JPG

校長室で委嘱状をいただき、講習会が始まりました。2015・10理療臨床講座委嘱状.JPG

この期間、12月10日までの毎週木曜日が休診となります。ご了承ください。

 

真夏のメリークリスマス???  (東洋はり医学会 経絡大学技術講座に参加しました)

8月2日から4日まで、東洋はり医学会の第21回経絡大学技術講座(浅草ビューホテルにて)に参加してきました。2年に一度のこの会に国内外から300人以上の先生方が集まり、熱気あふれる勉強会となりました。

泊まりがけの研修会の時は準備は二人がかりでします。必要な物を揃えてもらって、行き先でわかるように自分で荷造りするわけです。

2015経絡大.JPG

講師としての参加だったので実技指導の際「白衣」着用が条件でした。

治療室では薄緑色の上下を着ているのですが、外部で着用の際は脱ぎ着しやすい白のロングの白衣を使っています。

2015・8・2白衣の袋.JPG

いつもの白衣の入った袋。OK。

レオ&レノにもちゃんと説明して準備万端で出かけた次第。この様子はコチラ

青葉台駅で会員の先生と待ち合わせて(いつもありがとうございます)無事会場に到着。

 

しばらく時間が過ぎ、実技の時間になったので白衣を着ることに。

???ボタンはどこ???襟は???『いつもの白衣の袋』から出した代物がなんか変で。

そうこうしているうちに他の先生から「ずいぶん派手shineな白衣ですねえ」(笑)と…。「はあ??」

入っていたのは…これらしく。

2015・8・2真夏のクリスマス.JPG

手触りはそっくりだったんですが。

別に相方と喧嘩していたわけでもないのですが。何がどうなってこうなったのか???

途方に暮れていたところ、たまたま事情を話したN先生が「白衣2着持っているから使っていいよ」と言って下さり、

地獄に仏とはまさにこの事、無事3日間をこなすことが出来ました。N先生本当にありがとうございました。

 

coldsweats01 スタッフよりsweat01

いやはや。2日目の夜電話で聞いて慌てました。

2015・8・2持っていくはずだった白衣.JPG

これが入っているとばかり。大いに反省。以後しっかり中身を確認するように気をつけます。

 

 

12月7日(日) マルシェぶらり~と青葉台2014 に行ってきました。

ここ数日本格的な寒さがやって来ました。お元気ですか?

今日はみんなで「マルシェ ぶらり~と青葉台2014」に行ってきました。

桐蔭横浜大学のボランティアサークル「アーチ」の皆さんと一緒に、盲導犬啓発コーナーのブースでレオ&レノぶらざーずに触れ合っていただいたり、

2014・12・7-3.JPG

一緒に募金活動したり、

特設ステージで盲導犬のお話をしたり

2014・12・7-7.JPG おすましレノ

小さなお友達と仲良くしたり

2014・12・7-2.JPG ももちゃんと

寒くてレオ&レノが心配でしたが、午後もおひさまが照ってくれていたので元気に帰ってきました。このような地域の催しにみんなで参加できて良かったです。患者さんにもたくさんお会いしました。皆様ご協力ありがとうございました。盲導犬の育成にはたくさんのお金が必要なのですが、その90%以上がこうした募金や寄付で賄われています。私達も出来る限りお手伝いしたいと思っています。

2014・12・7-9.JPG

帰り道で。お疲れ様!お家帰ってごはん食べようねえ。

11月最終日、先生東洋はり医学会本部会の日です。

 変わりやすいお天気が続いています、皆様風邪など引かれてませんか?

朝7時半ころ、先生とレノは神保町の会場に出かけて行きました。東洋はり医学会の本部会は神保町の教育会館で月一回行われます。全国組織の団体なので、本部会は全国からはりの先生方が集まります。

先生は東急田園都市線一本でいけるので恵まれています。遠くは飛行機で北海道や九州からいらっしゃる先生もいるのですから。夕方まで講義を聞いたり、実技研修をしたり充実した一日です。

 

2014・11・30-1.JPG 

「お兄ちゃん行ってきまーす。」

日々のお散歩はレノと先生は朝の4時40分位から約70分。レオ兄ちゃんは入れ替わりで5時半位から約1時間です。今の季節はレノが戻ってくるころも真っ暗です。研究会の日は明るい時間のお出かけなのでレノも嬉しそうです。

2014・11・30-2.JPG

日曜日のお散歩は途中で近所のパン屋さん「コペ」に寄るのがレオ兄ちゃんのお決まりのコース。

「お母さん!ボクね、そこに見えるまあるいパンがいいんだけど…」ワクワクしながら待ってるようです。

2014・11・30-3.JPG

昨日の雨で桜の葉っぱもだいぶ散っちゃいましたね。

お家のふわちゃんは??どうしてるかな?

ネズミ捕りの練習2014・11.JPG

ソファーの下に入り込んで「ネズミ捕り」の練習?

あのまあるい可愛らしい手に要注意。よく手入れされた鋭い爪が隠れていますからね。

このブログカテゴリーをどこにしようか毎週悩むんですよ、先生のお出かけのことなので「室長日和」に分類しているのですが文章はどっちかというと「今日のレオ&レノ そして ふわふわ」ですね。まっ、どっちでもいいか。

明日から12月、慌ただしい年末元気に過ごしたいものです。インフルエンザが流行期に入ったようです。

「手洗い・うがい」を忘れずに。「体を冷やさない」「休養を取る」ことも大事ですよ。では! 

『先生、まさかの尿管結石!  その3 』 ~やれやれ~

  「その2」から間が開いてしまいましたが…。9月15日、突然先生を襲った尿管結石騒ぎ(*_*) その後、水分を多めに取るように心がけるくらいで痛みも出ることなく10月を迎えています。

 今日(10月5日)は東洋はり医学会の本部会の日。台風の足取りが気になりますが、雨の中レノと出かけて行きました。レノが帰ってくるまでどうか雷がなりませんようにヽ(;´Д`)ノ

2014.10.5.JPG

 やっとの思いでたどり着いた昭和大学藤が丘病院の救急。そう、『ER』 こんなに痛がっているのに何時間も遠回りをしておりました(反省)。

 『ER』=Emergency Room=救急救命室であります。するってーと、今の状況はかなりやばいのかもしれません。

 受付をしながら待つこと10分ほど、二人で同じようなことをもんもんと考えておりました。

  ①もし、腸閉塞だったとしたら…塞いでいる原因によっては緊急手術になると思うから、そうしたらしばらく入院になるし、レオ&レノ&ふわの世話のこともあるから盲導犬協会と相談しながら…。とか

  ②もし、癌とか見つかったら手術で取ることはしょうがないとしても、抗がん剤治療はしないから(ラジャー)

先々のこと意思を確認。

我が家はわりと日頃から「献体」のこととか夫婦で話し合ってはいますが、思いもしない出来事は突然やってきますから大事だと思いますよ、話し合い。

 先生専用「第2診察室」。自動扉が「バッ」と開いて先生方、看護師さんわらわら入ってきます。

心配しつつも根が超お気楽な付き添い。すでに「やれやれ~」モードに。(急にお腹が空いてきた)

朝から飲まず食わずだったわけで(先生がね)まずは点滴。

それからレントゲン。

それから超音波。     どうも痛みの原因がつかめません???

超音波を担当した外科の先生が「なんかいつもと違うもの食べたりしませんでしたか?」と聞いていて

(痛がる先生)「実は…昨日出張で行った先でごちそうが出て…いつもと違うといえばそれですかね」と答えていた!なんと!!えー、えー、粗食ですよ我が家はね!!!

いろんな科の先生方がまあるくなって相談。『CT』を撮りましょう」ということになりました。

時計は16時を回っていました。朝から病院に来てしまったので、さすがのお気楽付き添いもお留守番させている毛皮トリオのことが気になってきました。

結構仲良し2014・5.JPG

 ふわ「お母さんたち帰ってこないわね」 レオ「病院行ってるんだよ」 

 レノ「ちょっとおしっこしたくなってきました」 ふわ「もらすんじゃないわよ!」

 レオ&ふわ&レノ 「おなかペコペコ」

            こんなことになってやしないかと…(+o+)

CT撮ると言っているし、結果が出るまでしばらく時間があるだろうし、

 付き添い「ちょっと家に帰ってもいいですか?」

 看護師さん「…(しばらく間)…エッ、まあ、いいですけど」 (原因もわかってないのに??心配じゃないんですか?)と顔に書いてありましたが^^;

毛皮トリオのお世話を済ませて、てっきり入院だと思ったので自転車で病院に戻ってみると。

「CTで石が写りました。原因は尿管結石ですね。今痛み止めの点滴を始めたのでそれが終了したら家に帰って大丈夫です」 えー、帰っちゃって大丈夫なんですか(・o・)

先生を苦しめていたのは2,3ミリの石、数個。腎臓から膀胱までの管は狭いため、そこで引っかかった模様。なんとか膀胱にたどり着けばその後は自然排出できる大きさらしい。

石をできにくくする薬、もしもの痛みのための座薬など処方されてタクシーで帰宅。

「しばらくさ、ビールはロング缶にしてほしいけど」だって。(ちなみにビールで水分補給をして石を出すと言うのは間違いです。ビールは利尿作用があるのでかえって良くないのですよ。水分補給は水で)

ERの先生方、この度は大変お世話になりました。自宅近くの病院で受け入れてもらえてとても助かりました。ありがとうございました。

まずは一安心。治療もお休みさせていただきご心配をお掛けしました。

尿管結石の様子はここまで。「その4」で、日頃の注意をまとめてみようと思います(続く)。

 

 

 

『先生、まさかの尿管結石!  その2 』

 ~~ER(救急救命室)への道~~   は遠かった(>_<)

9月15日の早朝突然先生を襲った激しい痛み。原因は尿管結石でした。結局、入院もせずに済み、石が出たんだか??どうかはわかりませんが、17日より元気に治療を再開しております。

ちょっと人ごと、お気楽スタッフ(兼妻)が見た!症状、治療の様子を大公開中です。男性の15%、女性の7%がなるという尿管結石。決して人ごとではないのです。

 さてさて前回の続きです。タクシーで「青葉区休日急患診療所」に辿り着きましたが、予想通りスリッパが足りなくなるほどの混みようで。とにかく先生を椅子に座らせ、問診票を書きます。「一時間くらい待ちますか?」と聞いてみると、ニコッと看護師さん「そんなには待たないと思いますよ」と言ってくれて、おとなしく待つことにしました。

 どうやら痛みは10分おきくらいに間欠的にやってくる様子。『イタタタ…』とうずくまりそうになるかと思うと、やれやれな感じになるし。

 周りを見渡すと…実はみなさん意外と元気そうな人が多いんです、ここ。中には紹介状もらってお母さんに背負われて出てくるお子さんもいますが、立ったままスマホを見ながら待てる人もたくさんいて。

 「症状によっては順番が入れ替わる場合もあります」と張り紙が出ていましたが、とにかく混んでて看護師さんはてんてこ舞い、痛くて崩れ落ちそうな先生なんて目に入るわけありません。

 また、痛みが…あれえ、顔色が黄色い(*_*) ちょっとまずい?

 「あのー、どこかで横にならせいただけませんか?」と無理を言って治療部屋の隅っこを囲ってもらい、ベットに横になりました。

 この診療所では内科と耳鼻科の診察をしています。

「昨日この子鼻血を出して、鼻に詰めた綿が奥に入ってしまい…」(あら~大変)とか

「湿疹ができて…帯状疱疹かなと思って…。ちがう?蚊に刺されたな昨日、デング熱大丈夫でしょうか??」(今はやってますからねえ^^;) 先生方てきぱきと患者さんを診ていきます。

 12時過ぎ、お蕎麦屋さんが出前を担いでやって来ました。(きょうは先生たちざるそばなんだ)でも、まだ患者さんはたくさん(伸びちゃうねえ)その間に、尿検査をしました。

 

 やっと呼ばれたのは1時過ぎ(1時間どころじゃなく待ちましたけど)。先生にお腹を押されたり、背中を叩いてもらったり…尿検査は異常なく。

IMGP6373.JPG

(ケトン体3+…朝から絶食状態だったからかな 尿管結石だと潜血反応があったり、血尿が出ていたりするのでここでもまだわかりませんでした)

  「以前に胆石があると言われたことはないですか?」「腸閉塞かも知れませんねえ」

ほーら、先生のお見立て通り!と喜んでいる場合ではなく、「すぐ、紹介状を書きますから大きい病院へ行ってください!」

 幸い、我が家から歩いて15分ほどの昭和大学藤が丘病院の救急が受け入れてくださることになり、またタクシーで向かいました。先生座っているのがやっとな感じ。

いざ!!救急救命室(ER)へ!!

 教訓その1:尿管結石にしろ、腸閉塞にしろ場合によっては緊急手術が必要な場合もあります。我慢できないような激しい痛みがあるときは救急車を呼びましょう。

それにしても…付き添い1名は 「おなか空いたなあ。昨日のおみやげのプリン持ってくればよかった…」

2014・9大仏プリン.JPG

前日、東洋はり医学会の奈良支部に出張していた先生のおみやげ。

まほろば大仏プリン』美味しいんです。お取り寄せもできますよ。瓶もかわいい(^^)

                                           (つづく)

 

 

『先生 まさかの尿管結石! その1』

 ~~それは突然やって来ました(>_<)~~

先生の朝は早いんです。というのも、治療室は朝9時にオープンなのでその前にレノのお散歩とお手入れを済ませ、ゆっくり朝食を…となると5時前には起きたいのです。

夏の間は日の出時間も早く明るかったのですが、9月も半ばとなると日の出も5時半頃、起きる頃は真っ暗です。

9月15日敬老の日。祝日でしたが通常治療の予定でした。朝起きた時は何ともなく、レノお散歩の準備をしていました。

レノ37.JPG

お父さんが支度している様子を眠そうに見つめるレノ 「もうちょっと寝てたいですよぉ」

そんなレノですが、ハーネスをつければお目々パッチリ 「お散歩行くんです!」

レノ9.JPG

思い返せば、お散歩前にいつも飲む白湯がその日はあんまり美味しくなかったんですが…。

毎日のお散歩は70分と決めています。が、なんか体が重くて40分ほどで切り上げることに。

レノのブラシをしたあたりから右脇腹がチクチク痛くなってきたのです。???

もう一度水を飲んだら…今度は気持ちが悪くなってしまいました。

朝食どころではなく、とにかくベットに横になりました。

痛い痛い!とにかくどんどん痛くなります。下痢というわけでもなくとにかく右脇腹に痛みが走るのです。

7時半を過ぎた時点で今日の治療は無理と判断、少しでも楽な姿勢で丸くなって寝ていました。

休日の治療日だったので混んでいて、皆さんにキャンセルをお願いしてご迷惑をお掛けしてしまいました。

とりあえず、自分で自分の鍼治療してみます。

「これは…胆石か、腸閉塞か」そんな見立てで痛い痛いと寝ていました。

「もし腸閉塞だったら病院行かないとまずいんじゃないの?」というわけで、

『青葉区休日診療所』にタクシーで行ってみました。

あじゃー、こ、混んでる(あたりまえか)!!

先生の苦難は続きます。

★☆★☆この時点では尿管結石なのかどうなのかわかっていませんでしたが尿管結石についてわかりやすく解説しているサイトをご紹介しておきます★☆★☆

 『結石を予防する6つのポイント』

 

 

 

きょうは東洋はり医学会渋谷支部会の日です。

 久しぶりに爽やかに晴れました。今日は東洋はり医学会 渋谷支部会の日で、レノと先生は朝から麻布十番まで出かけて行きました。

2014・9支部会へ.JPG

さてさて、ちょうど一週間前の9月15日敬老の日は通常治療の予定でした。

前日は東洋はり医学会 奈良支部への出張も元気にこなし、おみやげに「大仏プリン」を買ってきてくれました。

2014・9大仏プリン.JPG地酒味

ところがです!!治療開始を控えた朝7時ころ右脇腹に強烈な痛みが…(;´Д`)

七転八倒苦しんだ挙句、救急外来でわかった原因は「尿管結石」。

急遽治療をお休みさせていただくことになり、皆様にはご迷惑ご心配をお掛けしました。

17日より通常治療をしております。

それで、せっかくなので 『先生、まさかの尿管結石』 を数回にわたってお届けします(笑)

入院、手術にならなくてほんとに良かったです。

 

東洋はり医学会 国際指導者研修会のご報告

 去る、7月27日・28日の両日、東洋はり医学会「国際指導者研修会」 が行われ、レノと泊まりがけで参加しました。全国各地様々な場所から鍼灸師の先生方が集まり、実技講習や研究発表など内容の濃い2日間となりました。この様子が東洋はり医学会渋谷支部のHPに掲載されています。御覧ください。

今日は晴れました(東洋はり医学会支部会の日 6月15日)

 ここのところ不安定なお天気が続きましたがきのう今日といいお天気。

室長が所属する東洋はり医学会は本部会と支部会があって、今日は渋谷支部会に麻布十番まで出かけて行きました。出発したのは8時ころですがもうこの日差し。

渋谷支部2014・6.JPG

毎日のお散歩は5時前にスタートする日々、とても暑く感じます。

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レノはお父さんとお出かけが嬉しくて!レオはご褒美付きのお散歩が嬉しくて!!ふたりともしっぽフリフリ。

レオちゃんは公園の木陰でちょっとおやつを

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お仕事中のレノには内緒にしておいてください。

お家でお留守番のふわふわさんは

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お気に入りのパソコン机の上で「いい子にしてたわよ」

毛布だったふわふわさんのお布団は夏仕様のフカフカクッションになりました。

雨の研究会

 梅雨に入りましたね。いきなりの大雨、長雨…。

この時期しかたがないとはいえ、研究会の日だけでも晴れてほしいお父さんとレノです。

今日も神保町に朝から出かけて行きました。いつもは会場でお弁当を注文しているのですが、今日は全体会ではないのでお弁当持ち。レノとお父さんのお弁当はこんな感じ。

2014・6月お弁当.JPG

レオもレノもレインコートを着て、お父さんも今日はレインコート。2014・6・8研究会.JPG

レノは一日お父さんのお供、レオは3日ぶりにお散歩です。

紫陽花が見頃になってきましたね。まだ暑くないのであめふりお散歩も悪くないです。

2014・6・8紫陽花.JPG

5月25日(日)に行われた「東洋はり医学会 第37回 わかりやすい経絡治療学術講習会」の様子はこちら

よりご覧ください。先生は講師として参加しました。レノもちょこっと出ています。 

今日は研究会(5月25日)

 今日は神保町の教育会館で所属する東洋はり医学会の「第37回 わかりやすい経絡治療学術講習会」があり、講師として参加します。

あさ7時ころレノと一緒に出発。

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鍼灸の世界は免許をとってからの日々の勉強がとても大切な世界です。経絡治療はとても繊細な治療法なので机上の理論だけではわかりにくい面もあります。そこで、参加者を細かなグループに分けて、実際に模擬患者を治療するという実技形態の勉強で互いの技術を磨き合います。

講師をすることで改めて気づくことも多くとても勉強になります。

2014・5公園.JPG

お留守番のレオちゃんは今日はいつもよりのんびりお散歩です。お気に入りの公園の花壇のお花が初夏のお花に変わっていました。 

 

共鳴する世界

 10年程前のことだが、横浜ジャズ祭で、ジャズピアノの板橋文夫と神奈川フィルとの共演があるというので、関内ホールまで聴きに行ったことがある。その年はデューク・エリントンの生誕100年だったか何だかで、エリントンナンバーに焦点がしぼられた企画だった。板橋と神フィルの演奏は大変にすばらしくて、ホール全体に感動の渦巻きが起こったことを今も鮮明に憶えている。

 でも、最初の一曲だけは板橋は出てこないで、意外にも武満徹の交響曲が神フィルによって粛々と奏でられたのである。「なんで武満徹なの?」と思ったが、武満はエリントンを深く敬愛していたからだとのことだった。

 この演奏もすばらしいものだった。武満はCDでしか聴いたことがなかったのだが、生の響きが美しくて、目から鱗が落ちるような感動を覚えた。

 その何年か後に「武満徹著作集」(新潮社)という本を読んだのだが、武満の音楽に対する思いhが綴られていて、これもまた感銘を受けた。音楽というのは知識とテクニックを駆使して作り上げたものが「芸術的」だと評価されて、聴衆もそのような観点から聴くことを「芸術鑑賞」だと思い込んでいる。本書において武満は、そのような音楽の在り方について疑問を投げかけている。

 武満は、感じたままを余計な装飾をせずに素直に音に置き換える。すなわち、わき上がる命の響きを素直に音に置き換えているのだということを、この本を読んでそして神フィルの演奏を聴いて実感した。

 鍼灸の目的は気の調和である。気の流れを調えれば、命は美しい響きを発する。そうすれば天地自然の気と共鳴して、武満の音楽のようにさらに美しく響きわたってゆく。

お父さんのCD.JPG

我が家のCDはすべて点字のシールが貼ってありジャンルごときっちり分類。もちろん自分でやりますよ。

 

 

息の長~い支援

やっと秋らしく落ち着いてくれるのでしょうか。朝5時からのレオとの散歩の時も、蚊や汗にうっとうしさを感じることなく快適に歩けます。8月に9歳になったレオも上り坂はちょっとペースダウンしていましたが最近足取りも軽やかです。

震災から半年、一見何事もなかったような生活に戻りつつある都会の私たちですが、先日の大雨で「仮設住宅から避難」などというニューズを聞くと、何もできない自分が歯がゆく思います。いままで、「月に何か一つ」のペースで、募金などをしてきました。先月は復興支援宝くじも買い(当たりませんでしたが)ました。

今月はまだ何もしていなかったのですが、妻が「仙台の盲導犬協会でバザーがあるから品物出したいんだけど…何にもないねえ」とぶつぶつ言っていたので、バザー用の食品を買い出しに行きました。

妻がお気に入りの店で我が家が日常的に使うお気に入りのものをどれも少し多めに(ここがポイントかな)購入。とはいえ車のない我が家で手に持って帰る量は限られるので、写真位ですが…。(甘いものばかり買っていたようですが)

バザーに.JPG

  10月30日(日) (公財) 日本盲導犬協会仙台訓練センターで行われる

「第9回 秋のさくまつり」で、皆さんに買っていただけるといいです。

 

 

安産のお灸

スノーボール1.jpgスノーボール 

今月は3人の方がご出産の予定です。逆子の治療で来られた方も正常な位置に戻りました。妊娠後期になると、おなかが大きくなったことで、肩がこる、背中が張る、腰痛、足がつる…などの症状が普段より出やすくなります。また、出産に向けて心の変化で寝つきが悪くなってしまったり、体調管理はなかなか大変です。私が行っている経絡治療は痛みの刺激もほとんどなくリラックスできますので、妊婦さんがたくさん来られています。治療も出産直前まで可能です。皆さんきっと元気なお子さんをご出産されることでしょう。もうあと一息!!心から応援しています。

 

患者さんから元気をいただく日々

秋のケヤキ1.jpg 先日、4、5年ぶりにいらした患者さん。「ずっと来られなくて申し訳ありません」と恐縮されます。

 そんなこと…、ぜんぜん気にしなくていいんですよ。調子が悪くなったときに、「そうだ奏玲さんに行こう!」と思い出していただけたことはとても嬉しいことです。50前後の方々にとって、仕事は忙しいし、子育てには最もお金がかかる時期だし(うちもまさにその真っ只中なのでよくわかります)自分たちの健康管理はなかなか大変です。でも、これから先を元気に過ごすためには、時々でも鍼灸で体のメンテナンスをされることをおすすめします。

 最近急に冷えてきて、ぎっくり腰になる方が増えています。

 先日いらした方は、治療室までの階段も登ることが出来ませんでした。(階段には昇降機がありますから皆さんご利用ください)

 2回目の治療に来られた時、昇降機を出しておいたのですが、使わずに20段以上の階段を登ってこられました。「ここまで動けるようになりました!」笑顔を見せてくれた患者さんにまた嬉しくなりました。

 私は治療で、患者さんの持っている「自ら治ろうとする力」(自然治癒力)を高めるようにしていますが、はじめのころつらくて笑顔も出なかった方が、気持ちもよくなり微笑まれる様子には、こちらの方こそ元気をもらう気がしています。

 経絡治療は患者さんとの「気」のやり取りがあります。つまり、患者さんが元気になると私も元気になるんです。

 さてさて、ぎっくり腰にならないために。 ※朝起きるとき、布団の中で背伸びをしたり、手足足首を動かしたり、少しずつ身体を目覚めさせてから起きると安心です。※歯磨きするとき、顔を洗うとき、足を前後に開いて少しだけひざを曲げる。洗濯物を洗濯機から出すときなどもそうです。大事なことは、腰だけに力が集中しないようにすることです。※足腰を冷やさない。靴下はいていますか?仕事でパソコンに長時間向かっていると知らない間に下半身は冷え切ってしまいます。ひざ掛け、ホッとカーペット…暖かグッズを上手に利用しましょう。ちなみに私は小さなホッとカーペットを机の下に敷いています。

常に進化し続ける鍼灸師であるために (室長日和 2010・10・22号)

私は「東洋はり医学会」という学術団体に所属しており、日曜日には7時過ぎにはレオと家を出て研究会に行きます。本部会には北は北海道、南は九州、全国から先生方が参加されていて、毎回刺激を受け勉強になります。

この会は、単に研究発表を聞きあうだけの場ではなく、実際に実技実習をします。参加者を少人数のグループに分けてそのなかで互いに治療する側、治療される側になり、実際に治療をしてゆきます。そして、症状の判断の仕方、治療の組み立て方など、グループ内で評価しあいます。脉の感じ方一つをとっても、互いに感じあうことで新たな発見がありおもしろいです。

国内に43支部があり、私は本部会と渋谷支部に所属しています。渋谷支部のホームページをぜひご覧ください。こんな感じでやっております。(なぜかレオの写真まで…皆さんかわいがってくれるのでレオは楽しそうです)会所属の治療院の紹介もしております。

海外にも13支部がありますが、2年に一度の経絡大(大会です)には海外の先生方も多数参加されるんですよ。

脈診  脈を良くするということ  つづき (室長日和 2010.10.13号)

 前回、治療する側の手が、患者さんの経穴に触れるだけで脈が変化してある程度の治療効果があることはお話しましたが、鍼を用いた方がより治療効果は高まります。針の先端が鋭利になっている理由は、皮膚を貫いて筋肉の中にまで刺し通すという目的のためだけではありません。鍼の先端には気が集まります。鍼先が細く鋭利であればあるほど、それだけ気は収歛(しゅうれん…ひきしまること)して濃厚になります。

 鍼をまだ刺していない状態でも、鍼先が経穴に近づくだけで患者さんの脈は変化していきます。

 例えば、ある経絡の気が不足している場合に、浮いて力なく広がったような脈になることがあります。そこに気を流し込む目的で、その経絡上の経穴に鍼先を静かに近づけていくと、浮いていた脈がだんだんと沈んできて、引き締まった脈になります。鍼先が皮膚表面に接触すると脈はさらに引き締まります。そこで鍼を刺そうと思わなくても鍼は自然に入っていきます。鍼先が皮膚からほんの少しだけ入った瞬間に、針先に収斂していた気が経絡に流れ込みます。濃厚な気が経絡を通して全身にめぐると脈はさらに引き締まり、柔軟で落ち着いた脈になります。

 また、ある経絡の気が滞ってよどんでいる場合に、脈は硬くて浮いたような状態になることがあります。今度はこの経絡のよどんだ気を取り除く目的で鍼を静かに刺入していくと、鍼先に硬い抵抗を感じて鍼が止まります。そこでよどんだ気を取り除く技法を施すと、鍼先に感じていた抵抗感がなくなり、それと同時に硬くて浮いた脈が柔軟で引き締まった状態に変化します。これは、不要なよどんだ気が体外へ放散するとともに経絡の気の滞りが解消されたために起こる現象です。

 このようにして診断結果に応じたいくつかの経穴で、気を補ったり取り除いたりします。そして最後にまた脈診をして脈が良い状態になっていることを確認して治療を終えます。脈が良くなったということは、経絡の気が滞りなく流れて、全身の気が調和し、自己治癒力が高まったということです。

 脈が良くなり、気が調和し、自己治癒力が高まる。そこで治療を終えます。

 治療の終わりは回復の始まりなのです。

脈診   脈を良くするということ (室長日和 2010.10.4号)

秋の花1 9月の中ごろまでは「もう秋は来ないのでは…」と思うほどでしたが、どこからともなく金木犀の香りが漂ってきてホッとしています。少し間があいてしまいましたが、久しぶりの『室長日和』。またお付き合いください。

 私は鍼をする前に患者さんの手首の脈を診ます。一つ鍼をしたら、また脈を診ます。そしてまた鍼をして、また脈を診ます。これは脈診(みゃくしん)というもので、東洋医学独特の診察法です。

 病院でもお医者さんや看護師さんが脈を診ますが、その場合は患者さんの片手の脈をとって時計を見て、1分間に何回拍動したかを記録しています。

 私が行う脈診というのは、脈が速いか遅いかだけではなくて、血管の堅さ・柔らかさ、太さ・細さ、引き締まっているか・たるんでいるか、拍動の強さ・弱さ、皮膚の表面に浮き上がっているか・沈み込んでいるかなど、いろいろな側面から観察しています。

 このような脈の変化により、全身の気の流れの状態を把握します。例えば、脈が堅いのは全身の気の流れが滞りがちなこと、脈が弱々しいのは気が不足していること、脈がたるんでいるのは気が体の外にもれ出ていることなど、手首の脈で全身の気の状態がわかります。

 また、全身を網羅する12本の経絡(気の通り道)のうち、気が不足している経絡はどれか、気が停滞している経絡はどれかなどを脈診で診断します。その診断結果から、どこの経絡のどの経穴(いわゆるツボ)に、どんな種類の鍼で、どの程度の深さまで刺すかを導き出します。

 どこの経穴の鍼をするかが決まったら、指先でその経穴をそっと触れてみます。経穴は経絡に沿って点在し、皮膚の表面にあるので、体内と体外との気の出入り口になっています。経穴に治療者の指先が触れると、それは直ちに脈の変化として現れます。すなわち、浮いて力なく広がったような脈だったものが引き締まってきたり、堅くて速い脈だったものが、柔軟で落ち着いた脈になるなど、気が滞りなく流れる方向へ変化していきます。

 経穴に触れたときに脈が変化するのは、経穴を経由して治療者から患者さんへ、あるいは患者さんから治療者へと気が通い合うためです。例えて言うなら、半透膜を隔てた濃度の異なる塩水が濃度の高い方から低い方へ塩分が浸透していくように、気が不足している経穴に治療者の手を通して気が流れ込み、また不必要な気が治療者の手を通して体外へ放散していきます。これにより、経絡を流れる気の過不足が調整されるのです。

 治療者の手が経穴に触れるだけでも患者さんと治療者との間で気が流れて脈が良くなるのですから、それだけでもある程度の治療効果が得られることになります。でも、鍼を用いたほうがより効果は高まります…。

続きは近いうちに!お楽しみに!!(秋になって更新スタッフもやる気満々?ですから…)

 

室長日和  2010・6・15号

私が鍼通電療法をやめた理由 (その2)

 かなり前の事ですが、私も鍼通電療法を行っていたことがあります。患者さんにも用いていたし、自分にも治療をしていました。それを続けていて、次のことに気づくようになりました。

・鍼通電の後に、痛みがとれたところの皮膚を触ってみると、潤いが無くなり、冷たくて、生気が失われたような感じがした。

・治療後に緊張は取れるけれど、筋肉がたるんで、本来の筋肉のしなやかさや力強さが失われた。

 治療を受けた患者さんは「おかげさまで痛みはとれましたけど、あの治療の後は気が抜けた感じで、家に帰ってからぐったりして寝てしまいました。」と、おっしゃる方が少なくありませんでした。そのような治療を続けていて私は次のようなことを思うようになりました。

 鍼通電療法は、身体にストレスをかけて、感覚を麻痺させているのではないか」

 「神経を強く刺激することによって、本来の神経の働きを衰弱させているのではないか」

 「筋肉に強いストレスをかけて、筋肉が本来持っている力を抑え込んでいるのではないか」

 「刺激が強すぎて、身体の気が抜けてしまうのではないか」

そんなことを思っていた頃に私は、「経絡治療」に出会いました。

 「生命の誕生の時に肉体に命を吹き込むもの。死の瞬間に出て行くもの。」そのような生命エネルギーの存在を前提として、古代ギリシアのヒポクラテスも、古代インドや中国の医学もホリスティック(全体観的)な医療を行っていました。

 現代西洋医学以外の世界各地の医術は、生命エネルギーを利用した治療方法をあみ出してきました。そのエネルギーを例えばインドでは『プラナ』、中国では『気』と呼んでいます。現代の日本でも、気を補い調えることを目的とした経絡治療において、ホリスティックな伝統が受け継がれてきています。

 経絡治療でも、鍼通電療法でも、身体の痛みが和らぎ、筋肉の緊張やコリはゆるみます。でも、私が日々の臨床で「身体が温まりました。」「背中に羽が生えたように身体が軽くなりました。」「気持ちがとても落ち着きました。」という患者さんの声を聴くことが出来るようになったのは、経絡治療を行うようになってからです。

 私の治療室には痛みやコリだけではなくて、「風邪を引いた」「胃の調子が悪い」「生理が不規則」「気分が落ち込む」…など、様々な症状の方が来られます。このような症状に対しては、気を補い経絡の流れを調えて、自己治癒力を高めることが必要なのです。

室長日和  2010.6・14号

私が鍼通電療法を止めた理由(その1)

「元気」という単語を国語辞典で引いてみると、次のようにあります。

 1、心身の活動の源となる力。

 2、体の調子がよく、健康であること。

 3、天地の間にあって、万物生成の根本となる精気。

1と2はわかるけど、3はどういう意味なのでしょうか。

 中国の漢の時代に書かれた、鍼灸医学の基本書である『黄帝内経』は、当時の知識の最先端であった道教の自然観を医学に応用しています。

 宇宙を満たしている気と、人間の生命の営みである気を同じものとしてとらえ、この気の流れによってすべての現象を説明するというのが道教の万物生成の考え方です。すなわち、宇宙の根源は混沌状態の元気であり、万物の生成の根源でもあります。この元気から、陽の気と陰の気が分かれて陰陽二気となります。次に陰陽二気が交わって、和気を生じ、この和気から万物が生じてくるのです。

 道家(道教を信奉する学者たち)の根本理念を説いた『荘子』は、「人の生命は気の集まりである。気が集まったのが生命であり、消散したのが死である。」というように説いています。宇宙では気が集まったり散じたりしています。生命はそういう気の流れが作り出す現象とみているわけです。

 『黄帝内経』は、宇宙と人体は一体であるととらえ、自然は大宇宙であり、人体は小宇宙であると考えます。大宇宙と同じように、小宇宙の身体にも気が流れていて、経絡というルートを通じて全身にめぐります。

 身体には自然治癒力が備わっています。身体を流れる気が不足したり滞ったりすると、自己治癒力が失われて病気になります。鍼治療により、不足している気を補ったり、滞った気の流れをよくしてあげると、自己治癒力が回復して病気は自然に治ってゆきます。

 「元気で健康」というのは、気という生命のエネルギーが身体に満ち溢れている状態であり、「病気で元気がない」というのは、気が不足していたり、気の流れが不調和になっている状態なのです。

 気が流れる経絡は、皮膚・筋肉・骨・内臓などを網羅していますが、皮膚の浅いところをめぐる経絡には、鍼治療を施すツボである経穴が点在しています。経穴は皮膚の浅いところにあるので、鍼先を皮膚に接触させる程度の刺し方で十分に治療効果が現れます。このような治療方法を「経絡治療」と言い、私はもっぱtらこの方法を行っています。

 一方、鍼麻酔の方法を応用した鍼通電療法というのは、現代西洋医学の考え方に基づいています、痛みを発している出発点(神経根)付近の深いところまで鍼を刺したり、緊張している筋肉の奥深くに鍼を刺して電気を流すと、確かに痛みが和らいだり、筋肉の緊張が緩んだりします。

 しかし、この鍼麻酔とか鍼通電療法は、私が現在行っている「経絡治療」とは、そのやり方も考え方も相当に異なります。

後半は明日!

更新頑張らせていただきます…担当スタッフより

 

 

室長日和 2010.5.20号

鍼麻酔のつづき

1ケ月ほどご無沙汰してしまいました(反省)。

実は、北米東洋医学誌(North American Journal of Oriental Medicine)という学術誌から原稿の依頼があって、格闘しておりました。なんとか、締め切りに間に合ってやれやれ…というところです。

「鍼麻酔」のお話でしたね。鍼麻酔の歴史はそれほど古くはなくて、1958年に中国において鍼麻酔による手術が初めて成功しました。1972年にニクソン大統領が中華人民共和国を訪問し、米中国交が正常化した頃に、アメリカのマスコミが「中国の神秘」として鍼麻酔をセンセーショナルに報道しました。そこから世界的な鍼ブームが沸き起こったのです。

また、その頃から欧米において鍼に関する科学的な研究が行われるようになり、鍼麻酔をすると脳内に「エンドルフィン」という物質が生じて、痛みの感覚が麻痺するということが明らかになってきました。エンドルフィンとは「エンド」(内から生じる)と、「モルフィン」(日本語では脳内モルヒネ様物質と呼ばれていて、脳内で生産されるモルヒネのような物質ということです)をつなげた合成語です。

話は変わりますが、『ランナーズハイ』という言葉を聞いたことがあると思います。マラソンランナーが、苦しみを乗り越えて走り続けていると、気分が高揚してきて苦痛を感じなくなり、快感を覚えてくるという現象です。数キロ走るジョギングとは異なり、限界に挑戦するマラソンというのは、身体にとってかなりのストレスです。そのようなストレスにさいなまれたとき、身体は麻薬のような働きを脳に作用させてストレスを回避しようとするのです。つまりマラソン(大きなストレス)によって脳内にエンドルフィンが生産されるのです。

話を鍼麻酔にもどします。鍼を刺して身体に電気を流すことによりエンドルフィンが出てきて、痛みを感じなくなるという状態は、身体が強いストレスを受けていることを意味しています。中国の鍼治療の方法は、鍼麻酔に限らず、太くて長い鍼を用いて、強めの刺激をかけることが多いようです。日本の伝統的な鍼治療法に比べると、中国の鍼治療はかなり強い刺激です。

そのような中国の鍼治療が、米中国交正常化以降、アメリカのみならず、日本でも広く行われるようになりました。日本においても、鍼麻酔を応用して『低周波鍼通電療法』という治療体系が作られて、腰痛や関節痛などの症状に広く用いられるようになりました。

ところで、1970年代にセンセーショナルに紹介された鍼麻酔ですが、それを外科手術に用いることは現在は中国でもほとんど行われていないそうです。なぜかというと、鍼麻酔がよく利く人がいる一方で、あまり利かない人もいて効果にばらつきがあったり、十分に筋肉が弛緩しないので手術がやりにくいなどの欠点があり、麻酔薬を使うことのほうが一般的なようです。

私は20年以上前にはり師免許を取得して以来、いろいろな方法を試みてきた中で、低周波鍼通電療法も行っていた時期があります。しかし、現在ではその方法を一切行っていません。

なぜならば…、ということを次回以降に書いていきたいと思います。

次回はあまり間が空かないようにしますので、読んでくださいね。ここからが大切

 

室長日和 2010.4.22号

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(5月人形を出しました)

私の「鍼麻酔」実験(今はこんなことやりませんからご安心を!)

私が鍼灸学校で学んでいた遥か昔…友人と「鍼麻酔」の実験をしたことがあります。

「鍼麻酔」…文字通り、鍼を刺すことによって、麻酔薬のように痛み感覚を麻痺させる方法です。

使ったツボは手の甲のツボと、肘の少し下にあるツボの2箇所。これはのどの部分に麻酔効果が現れるツボです。実験前に被検者の友人のノドボトケ周辺をピンセットでつまんだり、つついたりしてみます。当然友人は「痛い!」と言っていました(ごめん)。これで実験前に被検者に痛みの感覚が正常に存在していることが確認できました。

次に先程のつぼに鍼を刺して(今私が行っている治療よりずっと深く刺していました…再び、ごめん)、そこに低周波治療器のコードを接続して電気を流します。そうすると、腕の筋肉がぴくぴく動いて、指が意思とは無関係に握ったり開いたりします。数十分間その状態で電気を流したままにしておきます。

数十分が経過して、再び友人のノドボトケ周辺をピンセットでつまんだり、つついたりしてみると…。友人は先程とは違い平気な顔をしています。「どんな感じなの?」と恐る恐る聞いてみると、「ピンセットで触られている感覚はあるけど痛みは感じない」と言うではありませんか。調子に乗った私は「これでもか!」というくらいにピンセットで「ギューッ」とやっちゃったのですが、友人はぜんぜん平気。

問題が起きたのは翌日でした。友人のノドボトケのところに血豆のような青あざが出来てしまって、「痛い、痛い!ヒドイ目にあった!!」と、ブーブー言われてしまいました。実験は成功したけれど、ちょっとやり過ぎました。

どうして痛みを感じなくなるのでしょうか?実は、脳内で「モルヒネ」みたいな物質が生産されていたんです。どうですか?ドキドキしてきましたか?この続きはまた今度

 

 

室長日和 2010.4.8号

寺家ふるさと村散策

4月4日の日曜日、我が家から歩いて30分ほどのところにある『寺家ふるさと村』まで、家族みんなで散歩に行きました。

普段、日曜日は鍼の研究会があったり、子どもたちもそれぞれに予定があったりで、全員が揃うのは最近はまれなこと。曇り空で、冬のコートを着ていても寒いような日でしたが、環状4号をひたすら北上していくと、どんどん空気の匂いが変わっていくのがわかります。我が家の近辺は、交通量も多いので排ガスのにおいが感じられるのですが、寺家に近づくにつれて風のにおい、木々の香り、田んぼで焚き火をするにおい…自然の香りが次から次へと鮮明になってきます。

この土日は寺家で「桜祭り」が行われていて、お休み中の田んぼに出店が出て、草団子や野菜、焼き鳥などたくさんの地元商品が売られていました。我が家も草団子と味噌を購入。味噌は寺家で作っている大豆が原料だそうです。

私は全盲なので残念ながら桜の様子はわからなかったのですが、寺家の澄んだ空気の中でゆっくりリフレッシュしてきました。

団子と味噌.jpg寺家桜.jpg

実は今、北米東洋医学誌(North American Journal of Oriental Medicine)という学術誌から原稿の依頼があり、5月初旬の締め切りに間に合うように準備に追われています。どうやら頑張れそうです。

室長日和 2010.3.17 (その2)

治療で用いる鍼(ハリ)というのは、どのような形で、どれくらいの太さのものを想像しますか。
 第一に思い浮かぶのは、裁縫で用いる縫い針でしょうか。
 二千年前の中国で編纂された『黄帝内経』という鍼灸治療の書物に、9種類の鍼についての説明があります。それは「九鍼」と呼ばれていて、種々の形状のものがあり、様々な使い方があると書かれています。

 例えば、先端がメスのような形をしていて皮膚を切り開いて膿を取り除くのに用いる鍼があります。あるいは先端が鋭くとがっていて杖のような形をしていて、関節に水がたまったときに、関節の中に深く刺して水を排出させるために用いる鍼もあります。鋒鍼(ホウシン)というのは、三面に鋭利な刃があって、その先端で皮膚を破って、皮膚の下にうっ血して黒ずんだ血液を取り除くのに用いますが、これは現在でも三稜鍼(サンリョウシン)という名前で使われています。。
 中国古代の名医である華佗(カダ)は、麻酔を最初に発明したと言われていて、麻沸散という麻酔薬を使って腹部切開手術をしていたので、「九鍼」も巧みに使いこなしていたことでしょう。
 このように書くと、刃物恐怖症や先端恐怖症の人でなくても、「鍼というのは恐ろしくて、痛そう」というような印象を持たれてしまうかも知れませんね。
 でも「九鍼」は、関節の中に深く刺し入れたり、皮膚や筋肉を切り開くようなものばかりではありません。深く刺したり切ったりしない鍼もあります。
 例えばテイ鍼というのは、「鍼先が粟の粒のように微かに丸く、気の流れに沿って皮膚をなでさすり気の流れを促す」というように書かれています。この鍼は現在も使われていて、私もよく治療に用いています。
 また九鍼の一つの毫鍼(ゴウシン)というのは、極細で繊細な形状です。「毫鍼は針先が蚊やアブのくちばしのような形状で、これを静かにゆっくりと刺してゆき、かすかに刺したら、それ以上は刺さないでしばらくとどめておくと、気を養うことができる。痛みやしびれの症状に効果がある。」というように書かれています。蚊に刺された瞬間というのは、痛くもかゆくもないし、いつ刺されたのかわからないほどですが、毫鍼も、刺された感覚はその程度のものです。
 この毫鍼は現在も広く用いられていて、一般的に鍼と言えばこのことを言います。
 

 献血で用いる注射針の太さは18ゲージから16ゲージです。18ゲージとは、外径が1.2ミリで、内径が0.94ミリです。
 毫鍼の太さは、細いものを1番とし、順に太くなります。一般には1番から5番までがよく用いられています。1番は0.16ミリで、5番は0.24ミリです。
 髪の毛の太さには個人差がありますが、太いものは0.15ミリだそうですから、鍼の太さは、太めの髪の毛よりすこし太いくらいです。注射針の内径が0.94ミリなので、毫鍼は注射針の中に入ってしまうほどの細さです。
 毫鍼の長さは、よく使われているものは1寸3分(約4センチ)と1寸6分(約5センチ)ですから、見た目は縫い針のようです。でも、それよりもずっと極細です。
 一つの道具も、様々な使われ方をする場合があります。例えば一つの楽器も、それを奏でる人によって、様々な音色になるし、クラッシック・ジャズ・ポピュラーなど、千差万別のジャンルの音楽が一つの楽器からわき出ることもあります。
 毫鍼も道具ですから、どのような考え方の元で使うか、あるいは用いる人の技能によって、様々な使われ方がされています。
 では今の時代において、毫鍼という道具がどのような使われ方をされているのでしょうか。
 これは一言では語れないほどに様々なんでして、そのことは次回以降にボチボチと…

 

☆☆編集スタッフのつぶやき☆☆

このコーナーをやろうと提案したときはちょっと迷惑そうだった室長ですが…。ところが、「第2回目の原稿送ったのにまだ更新できてないようですねぇ…」と。実はブログは楽しいらしいのです。更新頑張りますので室長のブログに皆さん付き合ってあげてくださいね

画像 165.jpg治療室前の桜、開花(3月21日)


 

室長日和 2010・3・1号

はり・ハリ・鍼・針…

 今日から始まりました「室長日和」、奏玲通信の「室長の健康アドバイス」とまた違った角度から、日々の治療で思うこと、研究会のこと、思いつくまま綴って生きたいと思っています。

 さてさて今日は「ハリ」のお話。

 治療で用いるハリは、「鍼」という漢字を使います。
 「咸」は、「あまねし」・「すみずみまで広く行き渡る」という意味があり、神様にささげものをした後に大声で神様を呼ぶことを表しているそうです。
 

 金へんですから鍼は金属製で、金・銀・ステンレス・コバルトなどで作られています。金属というのは、ギューっとひきしまって緻密な物質で電気をよく通します。でも電気の「気」だけではなくて、宇宙の原動力となっている天の気や、命の源となっている人体の気をも集めたり流したりします。
 金属を細く細くして、さらに先をとがらせると、その細長いものに気が集まってきて、さらにその先端に気がスーっと収れんします。濃厚な気が集まっている先端を、からだのツボに当てます。そうするとスルスルーっという感じで、気がからだのすみずみまであまねく行き渡ります。
 韓流ドラマで、太くて長い鍼を肩や腰に何本も刺しているシーンがあるらしくて、鍼治療というのは痛そうだし怖いというイメージを持たれている人が多いようです。確かに鍼治療には種々の流派のようなものがあって、太くて長い鍼を何本も刺して、さらにそこにコードをつなげて電気を流してピクピクさせる方法もあります。
 

 でも当院では、そのような方法はしていません。ですから、初めて鍼治療を受ける人などは、最初はビクビクして手に汗をかいていたりしますが(笑)、治療後はゆったり・安心して「気持ちよかったです。全然痛くないんですね。」と言われることが多いです。
 

 鍼は縫い針のような形状なので、刺そうと思えば筋肉の中まで入りますが、そんなに深く刺さなくても効果はあるんです。なぜかというと、治療点であるツボというのは体表の浅い部分にあるからです。からだの表面のところで、気が奥の方からわき上がってくる部分とか、奥の方に流れ込む部分とか、あるいは浅い池のように気が集まっている部分とか、ほんの少しの刺激で大きな作用があるポイントなので、そこに鍼の先端をちょっと刺すだけで、その効果が体内の奥の方まで行きわたります。
 からだにとって必要な気を補ってあげたり、不必要な気を取り除いてあげれば元気になります。必要な気が不足していたり、不必要な気がからだにたまると病気になります。
 

 医療で使うハリと言えば注射針が思い浮かぶでしょう。注射は痛いですよね。そのことからも、鍼治療は痛いものだという通念がゆきわたっているみたいです。
 献血で用いる注射針の太さは18ゲージから16ゲージです。ゲージという単位は数値が小さくなるほど太くなります。18ゲージとは、外径が1.2mmで、内径が0.94mmです。
 では治療に使う「鍼」の太さはどれくらいだと思いますか。
 その答えは次回へ…
 

 

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